ラグドールの歴史と開発

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第4章 ラグドールにおける「チョコレート・ライラック」問題

   前回の第3章では、ラグドールの猫協会への登録に関しての歴史を取り上げました。今回は、近年取りざたされて久しい「ラグドールにはチョコレート・ライラックがないのではないか」という問題と、世界で進んでいる「遺伝子導入計画」についてまとめています。
 

既存ラインではチョコレートとライラックの存在はあやしい

  ユーメラニン色素によるラグドールの毛色は、4色あるとされています。すなわち、シール、ブルー、チョコレート、ライラックです。ただし、近年チョコレートとライラックは、既存のラインでは存在があやしい、と世界中でいわれています。検定交雑による確認も世界中でなされてきました。1999年前後から2000年までの結果は、ことごとく残念なもので、「チョコレートに似たシール、ライラックに似たブルーだった」と報告されています。
 仮に今、いっさいの異種交配なしで「従来のラインからチョコレートやライラック」が生まれたら、世界中のブリーダ達から猛烈なオファーが殺到することでしょう…。

検定交雑による確認結果

 1999年の冬に「ある・なし論争」が収束を迎え「ない」という方向に落ち着いていた頃、2000年春、東欧のキャテリーで「シール」の猫が「チョコレート」の猫として変更されました。この経緯については本人から世界のブリーダ達に報告がありました。この人は、当初「シール」で登録していたのですが、ショー会場でジャッジが「チョコレート」への変更を勧めたというものでした。そこで本人自身が世界中のラグドールブリーダに自分の猫の写真を公開し、真偽をはかったのです。
 多くの人々がこの人の当初の判断を支持し、最終的に他種猫との「検定交雑」をすることによって、猫の色を見極めるというところまでいきました。「チョコレート」であることを多くの人は望みました。もし「チョコレート」だったら、ブリードの基礎猫として予約しようと意気込んだ人もいたに違いありません。
 しかし結果は「シール」でした。
 「チョコレートやライラック」と、登録されただけで、それほど世界の進歩的ブリーダ達から注目されるようです。

薄いシールと薄いブルーの原因

 ではなぜ本来ブルーや、シールである毛色が薄く見え、「ライラックのように」また「チョコレートのように」見えてしまうのでしょう。現在のところ、この謎は2つの説で説明するのが有力です。一つは「抑制遺伝子」、二つ目は「白斑遺伝子」です。前者は毛色全体を淡くし、後者は白の体表領域を広くします。抑制遺伝子説を採用する人々は、ライラックのように見えるブルーを「プア(poor)ブルー(blue)」と呼び、成熟していないブルーという意味で使っています。「poor」といっても、これは登録だけの問題でそれが訂正されれば、その猫の価値にかわりはない、とも付け加えます。
 それでもなお、より多様な色を求めるブリーダ達は、従来のラインで「ブルー」と「ライラック」を得たいと願いますが、上記のような残念な結果が繰り返されてきました。
 もちろん、従来の遺伝子プールの中でのチョコレートとライラックの可能性は理屈の上ではあるはずです。しかし、もしあるのなら、カラーポイントのチョコレートやライラックの猫が数多く出陳されていているはずです。出陳の対象が、白領域の多いバイカラーであったり、色の若年時のキツンであるのは、消極的根拠ともいえますが、存在の疑わしさを表しているといえないわけではありません。確認のための検定交雑が最も明確な方法としてありますが、これが出来る恵まれた環境がどこでも誰にでも整っているわけではないでしょう。
 現実的な観点に立てば、「30数年の間にとりこぼしてきてしまったらしい」、というのが落ち着く先であったのだと思われます。「理論上は可能かもしれないが、実際には不可能であった」これが現実といえます。

異種交配によって遺伝子を導入する動き

 上記の通り、世界の進歩的ブリーダの間では、「チョコレート」と「ライラック」は「既存ラインにおいて遺伝子を取りこぼしてきた」という前提が主流です。中には、そのような現状を視野にいれつつも「チョコレート」や「ライラック」での登録をする人もいないわけではないようですが、全体の流れからすると少数に見えます。
 そこでこのチョコレートライラック問題に関して現在ラグドールブリーダには2つの道が示されているようです。
 一つは、従来のラインのみで交配する。二つ目は、他種猫からの遺伝子を導入する。そして確実な「チョコレート」と「ライラック」を登録する、という選択肢です。後者がここ数年出てきた動きで「チョコ・プログラム」(2000年)と呼ばれるものです。

他種猫の種類

 異種交配に利用されている血統猫は計画を進めているグループごとに様々です。一つは「バーマン」。次に「バリニーズ」。そして「ペルシャ」です。二つ目はオーストラリアが中心で、他はアメリカが中心のグループです。それぞれの猫からチョコレートカラーの遺伝子はラグドールに導入されつつあり、現在のところ開発途上です。
 自分が持つラグドールの登録にチョコレートやライラックがあるとするならば、2000年を境に導入されているラインかどうかが、疑似色かそうでないかの見極めのひとつといえるでしょう。

2000年から始まった「チョコ・プログラム」

 あるアメリカのブリーダさんは、2000年の9月、全世界に向かって自らの「チョコ・プログラム」の開始を宣言しました。
 「自分は長年ラグドールの繁殖をしてきた。しかし従来のライン(他種からの異種交配なし)でライラックとチョコレートを作出するのは不可能であると悟った」というのです。この時この人の繁殖するライラックの子猫の数頭がキツンクラスに出陳されました。「バーマン」によるラインでした。
 これは世界中のラグドールブリーダにとって衝撃的な事件でした。というのは、この人のキャテリーは規模が大きく、アメリカのラグドールの家系図の中でその名前を多く見つけられるからです。
 「チョコ・プログラム」を受け入れるかどうか、また受け入れたとしても、どの猫種からのものを受け入れるか、というのは、それぞれのキャテリーの運営方針によります。人の考えは多様で、他種猫からの導入そのものに難色を示す人もいますし、導入は賛成でも猫種によって抵抗する、という考え方もあります。

登録問題について(登録者側)

 ラグドールの毛色は約2年〜3年かけて完成するといわれていて、長い時間の中で、時には色が濃くなったり、薄くなったりして変容するとされています。ですから、仮に幼少期にチョコレートとライラックであるように見えたとしても、成長にしたがって、シールやブルーに見えてくることがほとんどのようです。
 現在のところ、このきわめて微妙なチョコレートやライラックの二色に関しては、「チョコプログラム」を導入していない場合、過去の経験者たちに習うのは、賢明な道のようです。
 一つは、シールとブルーのみで登録する。もう一つは、ラグドールの毛色の特徴を知った上で、便宜的措置として、いったんチョコレートやライラックでの登録をし、後にそうでないとわかった時、訂正の作業を行うというものです。
 この方法は、RFCIのサイト(http://www.rfci.org/)にも紹介されています。チョコレートやライラックの色を見極めるためには、チョコレートやライラックの色が定着している血統猫に習うという方法です。ただしこの方法を採用する場合、ある種の混乱と困難な状況が予想されます。登録時の毛色と異なったとわかった段階で、登録の訂正をすることになるからです。
 色が完成するまでの若年時に便宜的措置として「チョコレート」や「ライラック」で登録されている猫は、完成された時期にその色の真偽を確認されるのが望まれます。いったん「ライラック」や「チョコレート」で仮に登録されていたとして、そうでないとわかった場合、訂正をするかしないかは、それぞれのブリーダーの良心と勇気に任されているといえるでしょう。

登録問題について(飼い主側)

 チョコレート・ライラック問題は、登録する側の課題としてあるわけですが、他方、猫を新しい家族として受け入れようとする飼い主さんにも影響が及んでいきます。実際に購入する飼い主さんにすれば、「珍しい毛色」というだけで、高額な要求をされないとも限りません。飼い主さんがラグドールの遺伝子に関して詳しくなければ子猫時代に「色が薄く珍しい」という理由だけで、我が家に迎え入れることになるかもしれません。

実際のトラブル

 もちろん、そのことによって飼い主さんが満足するなら将来トラブルも起こらないのかもしれませんが、実際にトラブルが起こっているのは残念なことです。飼い主さんやブリーダさんから直接私が相談を受けたトラブルだけでも複数件に昇ります。
 プライバシーに配慮して詳しくは書きませんが、一つの例として、飼い主さんが生後半年で、毛色に疑念を持って相談された件があります。しかしすでに飼い主さん自身が、その猫に愛情がわいているため、登録者に疑義申し立てをすることも心情的に出来にくくなっていました。飼い主さんは精神面でひどく傷ついておられていたようです。「飼い主の弱みにつけ込む方法だ」と言われても仕方のない事態と判断できました。
 もう一つは価格のつり上げ問題です。これも直接本人から私自身に相談を持ちかけられたものです。当初仮予約を「ブルー」としてとっていた飼い主さんに対し「ライラックだから珍しい」といってさらに高額の価格を提示された、というものです。
 さらに被害者がブリーダのケースもあります。これも私が直接聞いた話ですが、「本来「ブルー」である猫なのに、譲渡後「ライラック」に登録変更されてしまい、異議申し立てをしても変更してもらえない」などという苦情もありました。

アシュレイのスタンス

 「チョコレート・ライラック導入のための異種交配」について、私自身の姿勢は、と問われれば、2002年春時点では、従来からのラインの子達だけを育てているので、当家から「チョコレート」「ライラック」としての登録をすることはありません。
 私は「チョコ・プログラム」過程の猫達とチョコレート遺伝子を運ぶSBTのシール色の猫をアメリカで実際に見ました。シール色の猫とチョコレート色の猫を並べて教えてもらい、「真のチョコレート」の色合いと「シール色」の違いを学びました。
 世界のブリードの流れを知っている以上、近い将来少なくとも1年後に「ブルー色やシール色に変化する可能性が極めて高い子」をその場限りの白さで「チョコレート」や「ライラック」として登録し譲渡することは出来ない、これが私の偽らざる気持ちです。
 仮にそれでも万が一、極めて少ない確率なのに、その可能性の猫が生まれたとしたら、自分で子猫の成長の過程を観察することになるでしょう。そして1年経って「検定交雑」をしない限りには、私の誠実を示すことはできない、つまり、ライラックしての登録はできないと考えます。もちろん、これは知りうる限りの情報の中で、良心と誠実に基づいて選択する私個人のものであるのはいうまでもありません。
 「チョコレート・ライラック」の導入は、長い年月と地道な努力とたゆまぬ情熱が必要で、大変困難であると共に前向きでアグレッシブなプログラムだと個人的に考えています。しかし、まだ解決しなければならない課題が山積しているのも現実です。
 先の検定交雑の結果を報告した東欧のブリーダさんが言った言葉に深い感銘を受けました。いわく…、

「『鼻革の色』がいかほど重要な事柄であろうか。私はラグドールにとってさらに重要な要素があると信じる。」 

  この言葉は一つの真理を言い当てています。ラグドールのブリードでは周知のように、その姿形の美しさだけでなく、親猫の気質のよさが選択されて維持されてきました。それを今一度思い返し、その本質を見失わないようにと、あらためて心に深く刻みました。

[検定交雑について]

 形質が優性の表現型を示す個体の遺伝子型には、(AA)のホモ接合体と(Aa)のへテロ接合体の2種類があります。優性のホモ(AA)もヘテロ( Aa) も優性の形質が現れるので 外見からは遺伝子型が判りません。そこでこれらの遺伝子型を確かめるには、(aa)の劣性遺伝子のホモ接合体の個体と交雑させる必要があります。その子すべてに優性形質が現れれば、検定した個体は優性遺伝子のホモ接合体であり、優性形質と劣性形質とが1:1で現れればへテロ接合体であることが判定できます。
 このようにして、遺伝子型がわからないものと劣性ホモ接合体を交雑することによって遺伝子型を調べる方法を「検定交雑」と言います。
 毛色やパターンなどの形質はそれぞれが独立して遺伝すれば問題はそれほど複雑ではないのですが、遺伝子の連鎖や組み換えの現象など、もう少し複雑な現実があるようです。例えば、2つの形質に絞ってBBCCとbbccを交雑した子はすべてBbCcになり、これに劣勢の親との検定交雑を行うと、子の分離比は独立の法則に従っている場合には1:1:1:1と予想されます。しかし、実際には7:1:1:7という実例もごく普通に存在してしまうようです。
 こうした現象は連鎖や組み換えによって起こると理解されています。各形質を発現する染色体上の遺伝子の位置を示す遺伝子地図において、比較的遠い場所のある遺伝子の場合には乗り換えによる組み換えが起こりやすく(これによって種の多様性を担保されるとも言えます)、一方、別々の連鎖群にある遺伝子は独立の法則に従う、と考えられています。実際には組み換え率など多くの要素を考慮する必要があるようです。
 よく知られているようにラグドールの遺伝子の形質型の表現には『aaBBcscsDDllsms』などが用いられますが、それぞれの組み換え率などを考慮すると、確かに天文学的な世界を感じないでいられません。しかも、数代にわたって自家受精の繰り返しが可能な植物などではごく一般的に使われて有効である検定交雑の手法ですが、猫のような比較的大型の動物の場合には、そうした手法による種の純化が難しいだけでなく、検定交雑に必要な劣性遺伝子のホモ接合体の個体を用意するための現実的な時間やコスト、さらに倫理的な問題などから、現実には非常に困難な作業と言えるでしょう。

上記、記事は「C.A.T.CREDO」会報にて、連載しているものです。
 

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